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東京簡易裁判所 昭和38年(ハ)631号 判決

第九七二号事件・第六三一号事件 原告 東京都

第九七二号事件被告 西川清

第六三一号事件被告 有限会社西川牛乳店

主文

被告西川清は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を明渡し、同(二)記載の建物を収去してその敷地を明渡し、かつ昭和三二年一月一日から右(一)の建物明渡ずみまで一月金八〇円の割合による金員を支払え。

被告有限会社西川牛乳店は原告に対し、右(一)の建物を明渡し、かつ(二)の建物から退去してその敷地を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告指定代理人は、主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、別紙物件目録(一)記載の建物(以下たんに本件(一)の建物という。)は、原告の所有管理にかかる都営住宅であつて、その敷地もまた原告の所有である。

二、被告西川清は、昭和二三年一二月二〇日附で原告から使用料月額金八〇円、納入場所原告の金庫、納入期限毎月末日限りと定めて本件(一)の建物の使用を許され入居した者であるが、昭和二四年四月頃から原告に無断で、右建物に接続してその敷地内に別紙物件目録(二)記載の建物(以下たんに本件(二)の建物という。)を増築し、右(一)(二)の建物内で乳製品等の販売業を営み、昭和三五年七月一二日被告有限会社西川牛乳店が設立せられてからは、これら建物を同会社に転貸し、同会社において被告西川とともに共同占有して同様の営業を継続している。

三、本件(一)の建物は、終戦直後、原告が戦災者および引揚者等の住宅困窮者を収容するため応急的救済措置として建設した応急簡易住宅四六〇〇戸中の一戸であつて、早晩除却または建替を必要としたものであつたところ、被告は、本件(一)の建物を含む二〇数戸の応急簡易住宅の建替を計画し、昭和二九年頃から被告西川その他その居住者に対し原告がその敷地の近接地に建設した鉄筋コンクリート造の青山南町第一アパートもしくは同第二アパートのいずれかに移転することを求め、居住者の大半はこれに応じたのであるが、同被告は営業および家族数の多いことを理由に応じようとしなかつたので、原告は、やむを得ず昭和三一年一二月一〇日附内容証明郵便で、同年同月三一日までに移転することを求め、移転しない場合は東京都営住宅使用条例第二〇条第一項第六号の規定により右期限かぎり本件(一)の建物の使用許可を取消す旨通告し、右通知書は同年同月一二日同被告に到達した。

右通知は法律上賃貸借解約申入と解すべきところ、老朽住宅建替のためになされたものであつて、しかも使用者たる被告西川に対しては代替住宅を提供する等できるだけの便宜をはかつたものであるから、正当の事由があり、従つて本件(一)の建物に対する使用関係(賃貸借)は右通知書到達の日から起算して六ケ月を経過した昭和三二年六月一二日限り終了したものというべきである。

四、仮りに右通知による使用関係終了の事実が認められないとしても、被告西川は、知事の許可を受けずして、本件(一)の建物を住宅以外の営業用に使用し、その敷地内に本件(二)の建物を築造し、また被告会社に無断転貸する等、東京都営住宅使用条例第一四条、第一五条違反の所為があるので、原告は、本訴において同被告に対しこれを理由として本件(一)の建物の使用許可取消の意思表示をなす。

五、以上いずれの点よりするも、本件(一)の建物に対する使用関係(賃貸借)は消滅し、被告西川はも早これを占有使用する権限を失つたのであるから、原告は、同被告に対し、原状回復義務の履行として本件(一)の建物の明渡を求めるとともに、本件(二)の建物の敷地所有権に基き右建物を収去してその敷地を明渡すべきことを求める。

また同被告は、昭和三二年一月一日以降本件(一)の建物に対する使用料の支払をしていないので、同日から使用関係(賃貸借)終了の日までは延滞使用料として、その後本件(一)の建物明渡ずみまでは使用料相当の損害金として、一月金八〇円の割合による金員の支払を求める。

六、被告有限会社西川牛乳店は、何ら正当の権原なくして、被告西川とともに本件(一)(二)の建物を共同占有し、原告の(一)の建物に対する所有権ならびに(二)の建物の敷地に対する所有権を侵害しているので、原告は同被告に対し、これら建物および土地所有権に基いて本件(一)の建物の明渡および(二)の建物からの退去とその敷地の明渡を求める。

と陳述し、被告らの答弁に対し、

七、原告係員において被告西川の居住および営業の安定をはかるため、いろいろと配慮していたことは事実であるが、原告が同被告に対し、近く原告の建設する一階店舗の都営鉄筋アパートに入居を許しそれまでは本件(一)の都営住宅に居住することを認めたとの事実は否認する。右は原告の職員が被告西川が本件(一)の建物を明渡してくれたら右店舗の分譲あつせんに努力しようといつたにすぎない。

なお、原告は、本件移転請求にあたつては、居住者の利益を尊重し、被告西川に対しては、本件住宅の南側に第二号館アパートを建築し、一階西端の一戸第二〇一号を同被告に提供すべく入居を勧告し、入居開始日の昭和三四年一二月一日から翌三五年七月はじめまで空室のまま同被告の入居をまつたが、同被告は家族数が多いことと増築許可の確約が得られなかつたこと等の理由でついに移転入居しなかつたものである。

その他被告らの主張事実中原告の主張に反する部分はすべて否認する。

と陳述した。

証拠〈省略〉

被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告が本訴請求の原因として主張する事実中、

一の事実は認める。

二の事実は、本件(二)の建物の増築は被告西川清が無断でなしたものであることならびに同被告の被告有限会社西川牛乳店に対する転貸の事実を否認するほかその余の事実は認める。

三の事実は、原告から被告西川に対し原告主張のような通知書の到達したことは認めるが、右通知が賃貸借解約申入とみうべきものでありかつ正当の事由あることは否認する。原告が本件(一)の建物を含む二〇数戸の都営住宅の建替を計画し被告西川らその居住者に対し移転を求めたことは事実であるが、本件(一)の建物が原告主張のような応急簡易住宅中の一戸であつた事実は不知。四ないし六の事実は、事実関係は後記のとおりであつて、これに反する原告の主張事実は否認し、その法律上の効果は争う。

二、原告主張の使用許可取消通知は、行政庁たる原告のなした行政処分であつて私法上の行為たる賃貸借解約の申入と目すべきものでない。

仮りにそうでないとしても右解約申入には正当の事由がない。すなわち、

原告は当初都営住宅をその居住者に払い下げる方針であつて、被告西川らその入居者はその事を確信して入居した者であつたところ、原告は、突如その方針を変更して昭和二九年頃から同被告らに対し立ち退きを要求して来たのであるが、同被告は、当時本件(一)(二)の建物で牛乳販売業を営んでいて、家族のほか住み込みの従業員もあり、他面原告の提供する代替のアパートは狭隘であつて、とうてい移転することができなかつたので、その旨陳情して接渉中、本件使用許可取消の通知があつたもので、その後も接渉をつづけ、原告は、近く同地区に一階店舗の都営鉄筋アパートが建設されることになつているので、そこに同被告を入居せしめることとし、それまでは本件都営住宅に同被告が居住することを認めていたものである。

なお、現在牛乳販売業を営んでいる者は被告会社であるが、同会社は対税関係上設立されたものであつて、被告西川の個人営業と何ら変ることなく、その得意先は附近一帯の居住者であつて、遠隔の地に移転することはとうていなしがたいところである。

なおまた、同地区は元師団司令部の跡であつて、都営住宅の敷地以外はどんどん個人に払い下げられていたのであるが、被告西川らは現住の土地建物が居住者に払い下げられるものと信じてあえて払下の申請をなさなかつたところ、原告は、右個人に払い下げられるべき土地がなくなつた昭和二九年頃になつて突然立ち退きを要求して来たのであつて、原告のかかる所為はすこぶる信義に反し不当であるばかりでなく、現在原告の計画にかかる建替工事は完了し、本件(一)(二)の建物の存在は何らこれに支障を来すものでないから、原告の右主張は不当である。

三、被告西川が本件(二)の建物を増築し本件(一)(二)の建物で牛乳販売業を営むにいたつた経緯はつぎのとおりである。すなわち、

被告西川は、本件都営住宅に入居後牛乳販売業を営むことになつたが、それには店舗が二坪以上あること、水道、冷蔵庫の設備があること等を必要とし、本件(一)の建物ではとうていその必要を満すことができなかつたので、原告の承諾を得て本件(二)の建物を増築し、保健所の営業許可を得たのであつて、仮りに右本件(一)の建物を営業用に使用することならびに(二)の建物の増築について原告の明示の許可がなかつたとしても、原告の係員当局は永きにわたり右事実を知りながら何ら異議をいわなかつたのであるから、暗黙の間これを許可ないし承諾していたというべきである。

なお被告会社は、対税関係上設立せられた被告西川の個人会社であつて、形式上は別異の人格ではあるが、その実質は同被告と異るところがないので、被告会社の占有を目して被告西川の転貸によるものということができず、仮りに転貸借があるとしても、毫も原告との間の信頼関係を裏切るものでないから、原告はこれを理由として契約を解除することはできない。

四、以上の次第であつて、原告と被告西川との間の本件(一)の建物に対する使用関係(賃貸借)は依然として存続しているのであるから、これが終了を原因とする原告の同被告に対する本訴請求は理由なく、また右使用関係が存続している限り被告会社はこれに依拠している者であるから、原告の同被告会社に対する本訴請求もまた理由がない。

と陳述した。

証拠〈省略〉

理由

一、本件(一)の建物が原告の所有管理にかかる都営住宅であつてその敷地もまた原告の所有であること、ならびに本件(二)の建物が被告西川清が右(一)の建物の敷地内に建築したものであつて同被告の所有にかかり、現に同被告ならびに被告有限会社西川牛乳店において右(一)(二)の建物を占有使用していることは、当事者間に争いがない。

二、そして被告西川が昭和二三年一二月二〇日附をもつて原告からその主張の条件で都営住宅である本件(一)の建物の使用を許され入居したこと、ならびにその後原告が昭和三一年一二月一二日到達の内容証明郵便をもつて同被告に対し同年同月三一日までに移転することを求め、移転しない場合は東京都営住宅使用条例第二〇条第一項第六号の規定により右期限限り本件(一)の建物の使用許可を取消す旨通告したこともまた当事者間に争いのないところである。

原告は、都営住宅の使用関係は賃貸借であつて、右通告は賃貸借の解約申入にあたると主張し、被告らは、右通告は行政庁たる原告のなした行政処分であるという。

なるほど原告は行政庁であり、都営住宅はその運営管理の面において公営住宅法(昭和二六年六月四日法律第一九三号)、同施行令(同年同月三〇日政令第二四〇号)、東京都営住宅使用条例(昭和二六年九月二五日条例一一二号)等の適用、規制を受けるものであるが、その使用者に対する関係は公権力に基くものでないので、行政庁の行為であるけれども私法上の行為とみるを相当とすべく、これを目して公法上の行為となすことができないので、右に関する被告らの主張は理由なく、原告と被告西川との間の本件(一)の建物の使用関係は賃貸借をもつて律すべきものである。

そして原告は、東京都営住宅使用条例第二〇条第一項第六号の規定に基き本件通告をなしたのであつて、同法条によれば、知事は都営住宅の管理上必要があると認めたときには使用者または当該都営住宅の入居者に対し使用許可を取消しまたは住宅の明渡を請求することができるのであつて、右は約定解約権を認めたものともみられるのであるが、第一号ないし第五号の場合は使用者または入居者の義務不履行または右条例等の違反行為を原因としたものであるのに対し、第六号の場合は都営住宅の管理上の必要を理由としたものであるから、両者の均衡からいつても、この場合は使用許可の取消により直ちに解約の効果を生ずる趣旨ではなくてたんに賃貸借の解約申入をなしうることを定めたものであり、これによつて賃貸借終了の効果を生ずるには正当の事由の存在を必要とするものといわなければならぬ。

三、よつて右正当の事由の有無について審究する。

成立に争いない甲第一号証の一、第七号証、ならびに証人小林秀彰、池亀得寿の証言を総合すれば、本件(一)の建物は、原告が終戦直後、戦災者引揚者等の住宅困窮者を収容するための応急救済措置として建設した応急簡易住宅に属するものであつて、早晩除却または建替が予定されていたところ、原告は、昭和二四年頃からこれら応急箇易住宅を逐次処理する方針を樹立し、本件被告西川の入居している住宅を含む二〇数戸の住宅に対しては、昭和二九年頃からその居住者に対して、建替のため立退方を求め、その条件として近接地青山南町三丁目に建設の鉄筋アパートに優先入居せしむべき旨提示し、居住者の大半はこれに応じたのであるが、被告西川はこれに応せず、しかも本件建物の敷地を含む一帯の土地には五〇戸の鉄筋アパートを建設すべく、昭和三二年一月から着工する予定になつていたので、止むなく前示通告をなしたものであることが認められる。

被告西川は、本件住宅では同被告は牛乳販売を営んでいてその得意先は附近一筋の居住者である関係上遠隔の地に移転することはとうていなしがたく、また家族が多いため原告提示のアパートにも移ることができなかつたのであつて、この事は原告においてもすでに了知していた事であると主張し、被告西川清本人の供述によれば、これら移転を困難ならしめる事情の存在することが認められないでもないが、証人小林秀彰、池亀得寿の証言によれば、原告においても被告西川の利益を尊重し、極力その救済方法に努力していたことがうかがわれるので、同被告としても多少の不便不利益は忍んで原告のなす住宅政策住宅改良事業に協力することが至当と思われるのである。

被告らは、原告は当初都営住宅の入居者にこれを払い下げる方針であつたのを突如変更して被告西川にもつとも不利な時期において立ち退きを求めたのは不当である、と主張し、本件のような応急簡易住宅が入居者に払下げられたこと、ならびに被告西川においても内心これを期待していたことはあるいは事実でもあろうが、原告が特に被告西山の不利益をはかり同被告を苦しめるためのみを目的として立ち退きを求めたことの認められない限りこれをもつて不当であるとなすことができず、本件においてかかる事実を認めるに足る証拠はない。

されば、原告のなした本件解約の申入は正当の事由あるものというべく、従つて本件賃貸借は右申入のときから六ケ月を経過した時終了すべきであるが、その時期は原告は昭和三二年六月一二日と主張するが、解約申入とみるべき使用許可の取消は被告西川が昭和三一年一二月三一日までに移転しないときは取消すという趣旨であることは原告の自ら主張するところであるので、本件賃貸借は右取消の時から六ケ月を経過した昭和三二年六月三〇日限り終了したものというべく、被告西川はその賃借物を原状に復して返還すべき義務がある。

被告らは、原告は右賃貸借終了後被告西川に対し近接地に建築予定中の一階店舗の都営鉄筋アパートに入居せしむべく、それまでは本件住宅に居住することを許容した旨主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠なく、また原告の建築を予定した鉄筋アパートはすでに完成して本件(一)(二)の建物はこれに何ら支障を来すものでなく、原告が被告西川に対して明渡を請求した必要は現在においては消滅したと主張するが、成立に争いない甲第七号証(現況図)によれば、鉄筋アパートはすでに完成したとはいうものの本件(一)(二)の建物の存在はアパート居住者の障害となつており、管理上からも不都合を来す状況であることがうかがわれ、しかも本件賃貸借終了後の事に属するので、右被告らの主張もまた理由がない。

四、果してしからば、本件賃貸借はその余の終了原因につき審究するまでもなくすでに終了していることが明らかであるので、被告西川は原告に対し本件(一)の建物を明渡し、かつ本件(二)の建物を収去してその敷地を明渡す義務あるものというべく、また同被告が昭和三二年一月一日から賃貸借終了までの一月金八〇円の割合の使用料を支払つたことは同被告の主張立証しないところであり、また賃貸借終了後は他に特段の理由のない限り原告が同被告の返還義務の不履行により右使用料相当の損害を被つているものと推定すべきであるので、同被告は原告に対し右延滞使用料ならびに損害金を支払うべき義務があり、原告の同被告に対する本訴請求は全部正当として認容すべきである。

五、つぎに被告有限会社西川牛乳店は、結局被告西川の使用権限に依拠するものであつて、同被告の賃借権が消滅したこと前認定のとおりである以上、被告会社もまた少くとも右消滅の時から不法に本件(一)の建物を占有し、また本件(二)の建物の敷地を占有しているものとなすのほかなく、またたとい被告会社が被告西川の個人会社と目すべきものであつたとしても、別異の人格であることは明らかなところであるので、その占有を被告西川の占有に従属するものとなすことができず、同被告会社に対し、不法占有を原因とし所有権に基いて本件(一)の建物の明渡ならびに(二)の建物からの退去、土地の明渡を求める原告の本訴請求もまた正当として認容すべきである。よつて訴訟費用の負担にき民訴八九条、九三条を適用し、仮執行の宣言は事案の性質と原告が本件(一)の建物の敷地に建設を予定した鉄筋アパートがすでに完成して本件(一)(二)の建物の存在はたんに右アパートの管理と外観上支障を来しているにすぎない事実にかんがみ、これを付せないこととし、右に関する申立を却下することにし、主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直)

別紙

物件目録

(一) 東京都港区赤坂青山南町一丁目三九番地

都営青山南町住宅第一七号

(二) 同所所在

一、木造ルーフイングおよび波鉄板葺二階建住宅店舗

一、木造ルーフイング葺平家建住宅一戸

建坪 七坪

(添附図面点線部分)

建坪 一八坪六八五

延坪 二五坪五八五

港区青山南町住宅増築部分の実測図〈省略〉

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